Nightmare in Wilbur part1

カリン・ホイットモアは故有って自室のクローゼットの中に身を隠していた。
自らの吐息や心臓の音すら外に漏れるのではないかと不安になりながら、ただひたすら身を固くして刻が過ぎるのを待つ。朝になれば、明るくなればきっと助かるに違いないと信じて。



合衆国ニューアルトラム州。州営住宅の一つクエンセル地区には25階建てのマンションが整然と並んでいた。ホイットモア家の部屋は19階。
その日の20時、カリンは両親が仕事で帰ってこない旨の連絡を受けると、学校の宿題を片付け、外の空気を吸おうとベランダに出た。
見慣れたはずの月明かりの景色の中で、カリンは違和感を感じて向かい側のマンションのベランダの一角を見やる。
(・・・・・・!)
見えたのは殺人現場。
巨大なハサミを持った人影が、ベランダに追い詰められた女性を切り刻む現場だった。
カリンは殺人犯の姿と凶器を見てすくみ上がる。それはテレビで話題になっていた猟奇殺人犯の特徴そっくりだった。
(・・・シザーマン!?)
警察に射殺されたと報道されたはずだ。
では目の前の出来事は、あの男は、あのハサミはなんなのだろう?
(・・・・・・!)
最悪だ。
シザーマンがこちらを向いた。間違いなくこちらを見ている。
気がつくと足が震えていた。
(・・・警察を)
シザーマンがこちらを指さした。
(!?)
その指を、上げて、下げる。指の上げ下げを繰り返す。
(・・・何をしているの?)
男はそれを十何回か繰り返しただろうか。指を振るのを止めると、シザーマンは姿を消した。
震えが止まらない。カリンは理解した。指を振った回数は19回。カリンの部屋が何階にあるのか数えていたのだ。


(・・・電話)
カリンは悪寒と動悸を覚えながらリビングに駆け込むと、急いで電話を取った。
ダイヤルトーンが聞こえない。
受話器を置いて、また持ち上げてみる。それを何回か繰り返した。
(・・・電話線が切れてる?)
そんな馬鹿な!?


早くこの部屋から逃げなければ。
急いでコートを羽織り、財布を入れて、扉に向かう。
マンションから出て、タクシーででもどこか遠くに逃げよう。いや警察に行かないと。
扉のドアノブを回したその時、刃物の噛み合わさる音が廊下から聞こえてきた。
(シャキーン・・・)
速すぎる。まだ五分も経っていないはず!
(シャキーン・・・)
大きな音だ。間違いなくこの階にいる! 出て行って逃げられるの? エレベーターか階段かどちらかしか逃げ場がないのに? たったの五分でここまで来れる早さを持つ殺人犯から?
(シャキーン・・・)
カリンは思わずドアの鍵を閉めた。隠れてやりすごすしかない。
半ばパニックに陥りつつ、クローゼットの中に隠れ潜んだ。
クローゼットの扉を閉じるのと同時に、カチッ!という解錠の音が聞こえた。鉄の扉が開き、足音とそしてハサミの音が聞こえる・・・。


・・・どれほどの時間が経ったのだろうか。
部屋をくまなく探していたシザーマンの気配が消えた。
足音もハサミの音も遠ざかっていき、そして消えていく。
カリンは安堵したが、不吉な予感が消えずクローゼットから出ることは叶わなかった。
明るくなれば皆が起き出すはず。そうすれば警察も来る。今のこのこ出てシザーマンに見つかる愚はさけなければ。
(ここで、朝まで、・・・)


・・・
・・


小鳥の囀りが聞こえる。
クローゼットの中は相変わらず闇の世界だが、気温上昇や太陽の気配は伝わってくる。
カリンはそっと扉を開けた。
扉の隙間に見えたのは、ずっとクローゼットの前で待っていたシザーマンの姿だった。